ニュースレター2012年9月号から抜粋
ニック ジョン 著
グローバル化に伴い、世界中で国際結婚の数が増加しています。統計によると、日本では今や20組に1組が国際結婚、オーストラリア(以下「豪州」)では5組に2組は夫婦の一方、あるいは両方が外国生まれだと言われています。しかし、それに伴いまた国際離婚の数も増加傾向にあるのが現状です。
離婚に関わる手続きには、財産の分割や子のための諸合意がありますが、後者においては各国間における国内法や慣習の違いが大きな問題となっているケースが多いようです。その中でも、世界中で注目されている大きな問題が、どちらか一方の親による「子の連れ去り」です。
ハーグ条約とは
夫婦間の離婚による一番の被害者は、その夫婦の間に設けられた子供達です。「子の連れ去り」によって一方の親や慣れ親しんだ地と引き離された子供の心の傷は大変深い物となり、一生残るでしょう。もちろん、それは一国内での離婚でも変わりません。しかし国際離婚における「子の連れ去り」は二国間にまたがっており、その後の解決を大変困難にしています。そういった子達の人権を優先して考えようという理由で1983年に発効された多国間条約が「ハーグ条約」です。最近この言葉を耳にするようになったという人も多いのではないでしょうか?
正式には「国際的な子の連れ去りの民事面に関する条約 (the Hague Convention on the Civil As-pects of International Child Abduction) 」と言います。世界86ヵ国が批准しており、主要国で非加盟なのは日本だけになっていました。しかし、2011年に日本政府が加盟方針をうち出したことで、日本国内外でも話題になりました。豪州は1987年にこの条約に批准しています。
条約の前文には「親権を持つ親から子を拉致したり、子を隠匿して親権の行使を妨害した場合に、拉致が起こった時点での児童の常居所地への帰還を義務付けることを目的として作られた条約である」とあります。この条約は最終的な親権の帰属を規定したりするものではなく、子の利益の保護を目的として、あくまでも児童の常居所地国への返還を規定す
るものであり、その地の家庭裁判所の権限を尊重するために作られたものです。そして、条約の執行において結果的に居住国側の法律が優先されて執行されることになります。
豪州(と日本間)の国際離婚について
豪州では、両親の離婚後も18歳未満の子供の親権は基本的に父母双方が共同で保有する「共同親権」を採用しています。それに対し日本では、離婚後は両親のいずれかの「単独親権」となります。離婚申請時にどちらの親が親権を持つかを決定しておかなければなりません。このことからも二国間では大きな違いがあることがよく分かるでしょう。
豪州で離婚手続きをする場合は、1年間の別居期間が必要です。通常、別居に際して、自分の子のための親の権利を行使するために家庭裁判所に行く必要はなく、非公式の合意によることができます。しかし、何等かの問題や困難が生じた場合、「家族関係センター (Family Relationship Centres)」が全国各地にあり、それに関わる支援やサービスを提
供しています。同センターのサービスは無料または低料金です。その他の支援機関としては「西豪州リーガル・エイド (Legal Aid)」(相談電話番号 1300 650 579 www.legalaid.wa.gov.au)、「コミュニティー法律センター (Community Legal Centres, CLC)」(www.naclc.org.au)などがあります。
両親が仲介を試みた後、依然として子のための諸合意に達することができない場合には、西豪州家庭裁判所の命令を求めることができます。西豪州リーガル・エイドの「家庭争議解決プログラム」は裁判所の審判を請求することへの代替手段として、合意に達するための支援を行うことができます。家庭法に関する法的情報を得ることもでき、英語を母国語としない方のための通訳サービスも提供されています。
家庭裁判所は、いずれかの当事者が申立ての直前1年間、豪州の居住者であったか、豪州に居所を有していたか、または通常豪州に居住していた場合、離婚を認定する管轄権を有します。豪州在住の日本人の離婚の場合の準拠法(離婚を認めるかどうか・親権・慰謝料等の判断)については日本の民法が適用されます。しかし、「国際的裁判管轄権」の関係で、原則として日本の裁判所で離婚調停や訴訟はできないのが原則で、現地の裁判所で調停・訴訟を行うことになり、具体的な裁判の進め方・手続きについては,豪州の法律が適用されることになるでしょう。
別居に際し、子との引越しをする親は、事前に他方の親の書面による同意を取り付けておくことが適切です。なぜなら、子が一方の親と過ごす時間に重要な影響を与える場合があるからです。その場合、他方の親から家庭裁判所に対して返還命令を請求される恐れがあります。裁判所が命令を発すると、警察がそれを執行します。
他方の親の同意なしに子を国外に連れて行く場合
国際的な引越しは、特に気を付けなければなりません。他方の親の同意なしに子を国外に連れて行くことは、子の養育に関する裁判所命令(Parenting Order)が出ている場合、いは、裁判所において審理中の場合は、例え実の親であっても犯罪を構成し、最大3年まの懲役刑となる可能性があります。豪州では親による子の連れ去りを日常会話などでは親による子の誘拐 (parental child abduc-tion)と呼ぶこともありますが、法律上は誘拐罪とは呼ばず「1975年家族法」セクション65Y或いは65Zに対する犯罪と呼ばれています。 詳しくは、在オーストラリア日本国大使館のホームページにも出ていますので、参考にしてください。http://www.au.emb-japan.go.jp/j-web/child_passport.html
子が豪州から連れ去られるリスクがあり、豪州旅券の発給を避けたいときには、豪州旅券事務所(Australian Passports Office)に連絡して、子の旅券の発給拒否申請(Child Alert Request)を行うべきです。この手続きはwww.passports.gov.auからオンラインで行うことができます。 また、子の名前を空港の要注意人物名簿(Airport Watch List)に乗せるよう家庭裁判所に申請することもできます。申請は緊急案件として取り扱われ、その子が国外へ連れ去られることが防止されます。
ハーグ条約と豪州での子の連れ去りについて
豪州からの「子の連れ去り」には、次の二通りが考えられます。ハーグ条約の締約国に連れ去られた場合と、非締約国へ連れ去られた場合です。ハーグ条約に関する情報はハーグ国際私法会議(Hague Conference on International Private Law)のウェブサイトで見ることができます(www.hcch.net)。
子がハーグ条約の締約国に連れ去られた場合には、豪州はハーグ条約の締約国ですから、豪州の中央当局(連邦法務省国際家族法部 The International Family Law Section of the Common-wealth Attorney-General’s Department)を通じて相手国の中央当局に対してその子の返還を要求することができます。返還申請が認められるためには、子が直前に条約締約国の一つに常居所を有していたこと、返還日において子が16歳未満であることなどが確認されます。返還申請は、子が連れ去られてから12か月以内になされなければなりません。International Social Service Australia (ISS)の「国際的児童誘拐法律サービス(International Child Abduction Legal Service)」は、申請のための無料の法的支援をはじめ、カウンセリングや国際的仲介などのサービスを提供しています(www.iss.org.au 電話 1300 657 843)。 日本がハーグ条約に加盟すれば、豪州はこの請求を日本に対して行うことができるようになり、日本政府も返還要請に応じる必要があります。しかし、日本はまだ非加盟ですから、豪州からの返還要請があっても応じる必要がないのです。そして、その後の返還手続きを行う場合は日本で始める必要があるということです。先にも述べましたように、親権の問題一つをあげてみても日本と豪州とでは国内法も慣習も違いますから、日本での手続きは連れ去られた親の側にとって不利になることも予想されます。 こういった場合、外務貿易省で弁護士の紹介を受けられる場合があります(電話 1300 555 135)。
法定費用および旅費について、Overseas (Child Custody) Removal Schemeを通じて資金援助が得られることもあります(電話 +61 2 6141 4770)。 日本がハーグ条約に非加盟であることは、日本への子の連れ去りを容易な物にしています。日本人だけでなく、外国から子を連れて日本へ逃れる外国人も居ます。そのことから、日本「拉致容認国家」と
非難されたりもしていました。しかし逆に、日本が定住国で、子が日本国外に一 方的に連れ出された場合には、奪還を 求める公的な仕組みと解決する術がな いということでもあるのです。
最後に
豪州では「離婚は夫婦の別れであって、親子の別れではない」というのが大原則の理念です。そのために2006年に改正された家族法は、暴力や虐待から保護される必要がない限り、離婚後も父母双方が平等に分担した親責任を持つことが、子どもの最善の利益で あるという考えに基づく「共同親責任」が中核を成しています。離婚は、新たな親子関係を構築するためのスタート地点だと言えるでしょう。
親子が最善のスタートを切れるよう、それぞれの手続きをしっかり行うことが大切です。豪州ではたくさんのサポート機関がありますので、困ったことがあればぜひ利用してください。